Aさん入社

1ヶ月後Aさんが入社してきました。

次長さんからAさんが使うパソコンの準備を頼まれました。新しく購入したパソコンにソフトをインストールし、プリンターやファイルサーバーが使えるようにし、電子メールが使えるように一連の作業が終わる頃には何度か会話も交わしました。もちろん極めて事務的に淡々と…。しかしこちらが興味を持っている障害や車椅子について会話が出来るようになるのはずっと後のことです。

結局Aさんが入社後解ったことは、車椅子を押してあげる必要など全く無い。少なくとも会社の中で手を出す事など無かったのです。それどころか狭い机や荷物の間を器用に操って移動し、思ったより早い。遠くにいるなと思って目測を誤り踏み出すとあわや交通事故といった場面も何度かあります。

会社側でも幾つか車椅子に対応した作業を行っていました。

建物の正面玄関は階段になっているためにAさんは入ることが出来ないのです。玄関脇の荷物の搬入口を一部改造し車を止めるスペースを作り、段差をなくし自動ドアを付けるといった大規模なものでした。

また古い建物は階段しか無いので仕方ないとして、社員食堂にも階段があり自力では入ることが出来ませんでした。この工事は大幅に遅れましたがスロープが出来上がり早速テストとなりました。

1段目は私たちが歩く分にはなだらかな坂なんですが、車椅子の人にとっては一寸した坂なんですね。Aさんはスロープの前で勢いを付けて登り、扉の前のスロープへ。今度は扉の取り付けのための段差をなくす小さなスロープです。

歩いている私たちにすると何の問題も見いだせなかった引き戸とスロープはAさんにとってはここで問題発生。60センチ足らずの長さのスロープのために引き戸に手が届かない。もともと大きな引き扉なので我々でも足を踏ん張って開けるときがあるので、車椅子からでは開けることが出来ません。
その後工事担当者と何を話をしたか聞いていませんが、自動扉にならなかったところを見ると人の出入りが激しいところだからなんとかなる?ということなのかも知れません。

パソコンが急激に増えた事務所は古い事務机にパソコンとディスプレイを置いてキーボードをその前に置くという形になっています。私でも上目遣の状態で長いことディプレイを見ると肩が凝るのでパソコンの脇にディスプレイを置いて、その前にキーボードを置いていますが、90センチ幅の机はパソコンで占領され書類を開くスペースもないほどです。

そして机の高さは書類を書くには丁度良くてもキーボードをたたくには少し高い。普通の椅子に座っていて高いのだから、車椅子に座ったままでは大変です。高さ調整が出来る机の購入を提案しましたがAさんが自力で車椅子から椅子に移れることもあってそのままになっています。かくしてAさんもその他大勢の女性と同じくVDT作業特有の肩こりと目の痛みの仲間入りとなったわけです。

ちなみに私はというと、パソコンで事務作業をするわけでもないのに専用の机を2つも調達してきて使っています。100人近い人達の中でパソコン机を使っているのは私1人だけ。なんて皆は辛抱強いのでしょう?

プリンターも結局新たに台を置くことはしませんでした。最近のレーザープリンターは給紙トレーが何段もあって背が高くなっている上に排紙部分が上にあるために机の脇に立ってプリントアウトされた紙を取るには丁度良いのですが、椅子に座ったまま紙を取るには体を斜めにして手を伸ばしてやっと取れる感じです。まして車椅子からだと全く手が届かない。なのに何故低い台に置かないか?よく使うプリンターの脇には必ず誰かいるのだから「取ってください」「はいどうぞ」となっている訳です。これが最初に話し合った”普通で”ということなのかも知れません。