リハビリについて考える

1998年7月16日

私は7月6日にAさんのリハビリの様子を見せてもらいました。Aさんの持っている障害についてすこしでも理解したいという気持ちからです。そこには足に障害を持っているAさんが確かにいました。
Aさんはわざわざ靴下を脱ぎ、いつもはズボンで覆われている足を見えるようにしてくれました。両足の膝の裏には手術の後がまだ残っています。平行棒に捕まって歩く姿、特に右足はまぎれもなく不自由で、足は見るからに細くて小さい。まるで子供の足のようです。

私は目の前でリハビリをしているAさんの姿を見てショックをうけています。
何にショックを受けているか?良く判りません。足そのもの、歩く姿、いつも車椅子に座っている時の姿とのギャップかも知れません。
さらに私は、リハビリを見ることにより脳性麻痺による障害がどのようなものなのか理解しようとついてきたのに、実際はAさんが今痛いのか痛くないのかという言葉でしか質問することが出来ませんでした。
もっと違った表現で質問できないものかと思いながら、目の前のAさんとリハビリの先生のやりとりをじっと見ているしかなかったのです。

私はリハビリの様子をビデオと写真に撮り、家で何度となく見てみました。そして写真をAさんに見てもらいその治療の目的などを尋ねてみました。Aさん自身細かいことは判っていないところもあるようですが、その時にAさんから思いがけない提案が出てきました。

「上野さん自身でリハビリを体験してみてはいかがですか?
リハビリを施す方も受ける方もやってみれば何か判るかも知れない」

なんと大胆な提案かとビックリしましたが、さっそく我が家に来ていただき試してみる事にしました。

私が腹ばいに寝て、Aさんが私の足を折り曲げて背中につけようとします。私の足は私自身の力で素早く曲げることが出来ます。それでも最後の部分はAさんが力を入れてお尻に足の裏を付けようとしたところで、お尻の筋肉が緊張してきたとAさんはいいます。しかし私自身に痛みは有りません。

次にAさんに腹ばいになってもらい私が同じように足を曲げようとします。
リハビリの時に聞いたように1/4程度の力しか出ないAさんは自分の力で足を曲げることは出来ません。そこで私が足を曲げようとしましたが、まるで油圧のダンパーでゆっくり閉まる扉のように、足は重く力を入れてもゆっくりしか動きません。それでも時間をかけて曲げていくと今度は腰が一緒になって盛り上がるように動き始めます。私が腰に手を添えて、足をさらに曲げていくと最後には私と同じ形になりました。「もっと力を入れても平気ですよ」といわれ細い足が折れてしまいはしないかと思いながらも力を加えてもAさんは平気でした。
そう、リハビリの時に何度も質問した「痛くないか?」はこの時に関係なかったのです。
いったん足を元の位置に戻してもう一度曲げてみます。すると今度は先ほどとは違ってかなり小さな力で曲げることが出来ました。繰り返しやっているうちに少しずつ加える力が少なくなっていくような気がします。
結局Aさんと私の違いは早く動かせるか?また自分で動かせるかの違いでした。Aさんの足を早く動かそうとしても筋肉の緊張から押し返す力が強く働き、ますます強い力が必要になります。ゆっくり時間をかけて動かしてあげれば、小さな力で私達と同じ動作をする事が出来るのです。
次に同じ姿勢でAさんの足を立てた状態で足首を90度に曲げる運動です。
アキレツ腱の緊張からAさんの足の先はのびた状態です。それを直角に曲げるのは自らの体重をかけるか、誰かの力を借りなければ出来ません。

これもゆっくり時間をかけてゆっくり力を加えていくと時々「すー」と足首が動いていくのが判ります。やはりこの時にはAさんは痛いとはいいませんでした。私でも足首を90度以上曲げて力をかけられると痛みが出てきます。Aさんもある限界を超えたところで痛みを訴えました。それは私をそんなに違わない角度でした。

やはり私は大な勘違いをしていたようです。Aさんは脳性麻痺の症状であう筋肉の緊張から足や素早く動かすことも、ある姿勢で自分の力で曲げたり持ち上げる事ができません。
しかし誰かが手を貸してそれもゆっくり動かしてあげればきちんと曲がるのです。このゆっくりというのが大事です。もし急激な変化で力を加えればAさんの筋肉はそれ以上の力で押し返してきます。もし押し返してくる力に勝る力でさらに曲げようとすればAさんの筋肉に傷をつけかねないそうですが、Aさん自身にも良く判らないそうです。

 
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